見方を変えれば厄年は悪いものではない。それに、私は厄年ではない年の方が悪いことが続いた!

今回は厄年について話をしたいと思います。

 

年男と厄年が重なった年の話ですが、年始早々にゲ○を踏みました…

それまで”厄払い”なんて考えたこともなかったのですが、「試しに受けるのも良いかな?」なんて考えたのを今でも覚えています。

結局高いので止めましたが、その後は大きなトラブルは起きませんでした。

もちろん、小さなトラブルはいくつかありましたが、それはどんな年でもあり得るようなことです。

 

ちなみに、プロフィールに書いてある就活の失敗はその年よりかなり前の話です。

プロダクションと副業の件は前厄、腰痛は後厄の年なので無関係と断言はできませんが、厄年だからという根拠もありません。

見事に本厄を避けていますね。

さらに言えば、一番不幸だった持病が悪化した時期は厄年よりもかなり後です。

 

そういったこともあって、厄年はそこまで気にするようなものではないと私は結論付けました。

また、色々と調べている過程でその考えが強固になったので、そう考えるに至った理由を語っていきたいと思います。

 

 

スポンサーリンク

 

厄年の概要

厄年は、その名の通り厄災に遭いやすいとされている年のことです。

男性の本厄は数え年で25歳、42歳、61歳。女性は19歳、33歳、37歳となっています。

中でも、男性の42歳と女性の33歳は大厄と呼ばれていて、不幸に見舞われる可能性が非常に高いとされています。

42歳(しに)、33歳(散々)なんて語呂合わせもあるくらいです。

 

このように聞くと、悪いイメージがありませんか?

私も良くない年と解釈していました。

 

何故、厄年を深刻に考える必要がないと思ったか

冒頭で書いたように、厄年だから言って悪いことが起きるとは限らないというのが大きな理由です。

しかも、調べれば調べるほど信憑性に欠けているように感じます。

むしろ見方を変えれば、悪いことではないと捉えることもできました。

その結果、私は深刻に考えるまでもないと思うようになったわけです。

 

では、その要因を一つずつ見ていきましょう。

 

科学的根拠が不確か

医学的または統計上、体調を崩しやすいという話があるため全く根拠がないとは言い切れませんが、逆にはっきりとした根拠とも言えません。

 

厄年という概念は平安時代からあったと言われています。

この手の風習は日本以外にもあるようで、昔から信じられています。

 

しかし、そんな昔と今では生活に大きな隔たりがあり、平均寿命もかなりの差があります。

昔は人生50年と言われていたようですし、平安時代なんて30歳前後が平均寿命だったとも言われています。

今は、人生100年時代なんて言われていますよね。

 

統計的に体調を崩しやすいというのは現代に合わせた考え方です。

つまりは、時代によって捉え方が変化しているわけです。

何ともあやふやな話ですね。

 

地域や神社、宗派によって扱い方が異なる

地域や神社、宗派によって、厄年をどのように扱うか変わることもあります。

例えば、61歳の還暦を男女共に厄年としたり、七五三を含めたりする場合もあります。

 

しかも、数え年の計算方法まで異なります。

グレゴリオ暦(1月1日)と立春の日(2月4日)のどちらを基準にするかといった具合に。

 

本当に確かなものであれば、バラバラになるなんてことはありえません。

 

由来の一つに「役年」がある

厄年の由来はいくつかあります。

陰陽道を起源とする説が有力とされていますが定かではなく、宿曜道や仏教などの影響もあると言われています。

 

そして、そんな中には「役年」を起源だとする説もあります。

昔は、一定年齢にお寺や神社の役職に就く習慣がありました。

この適齢期を役年と呼んでいました。

「身を慎んで、重要なお役目を果たしましょう。」というところから転じて、役目を完遂できるように神仏の加護を受けて厄災を未然に防ぐ風習ができたというわけです。

 

現代においても、社会的に大きく環境が変わる時期と捉えられます。

10代後半から20代半ばで一人前の大人としての役目を担い、30代から40代で出産や子育て、仕事の中堅どころとしての重責を担います。

寿命が延びた今では、61歳の還暦の方は年長者として人を導く立場であると言えます。

 

“役に立つ年”とか”飛躍の年”と考えると、「これからさらに頑張っていこう!」と気持ちを切り替えることができるでしょう。

私はこの考え方が好きですね。

 

しかし、意気込み過ぎて空回りなんてことにもなりかねませんから、無理せず、気にせず、普段通りに過ごすというのが一番良いとは思います。

気にし過ぎると、それこそストレスで体調を崩しそうです。

そういう意味では、厄年といって警戒を促すのは理に適っているのかもしれませんね。

 

 

以上が厄年を悪くないと考えるようになった要因です。

 

厄災に遭いやすいという部分が一人歩きしてしまい、悪い印象ばかりが伝わってしまったのではないかと思います。

ネガティブな要素にばかりフォーカスが当たって、印象が操作されてしまったわけです。

フレーミング効果の恐ろしいところですね。

 

厄年だからといって悲観するのではなく、良いことがなかったか考えてみるのも良いでしょう。

何事も考え方次第です。

 

皆様が充実した生活を送られることを心より願っております。

 

タイトルとURLをコピーしました